寛恕

寛恕

 肌寒い季節になると、次に来る暖かい季節まで日々の睡眠時間が増えるのは、ヒトなりの冬眠のようだ。とはいえそれは法月仁にも、如月ルヰ(彼がヒトかどうかという点は置いておく)や、高田馬場ジョージ(むしろ寒くて寝つきは悪いわ早起きしちまうわで減る一方だそうな)や、大和アレクサンダー(筋力トレーニングを主軸に規則正しく定めたスケジュールは乱れることがほぼない)にも当てはまらず、仁にひっついて眠る癖のある蓼丸マレにのみ見られる特性のようなので、マレなりの冬眠と言うほうが正しいのかもしれないと仁は思っていた。春から夏にかけて長くなる日照時間は秋から冬にかけては短くなるわけで、つまり単純にいきものとして、昼に起き夜に寝る習性があるヒトだから夜が長い季節は睡眠時間が少々増えがち、というだけなのだが、仁はヒトの冬眠にそこまで興味があるわけではないし、正しい傾向をはかれるほど睡眠事情を知れる間柄の交友も無いので、マレのへんな特性をまたひとつ見つけたのだと密かによろこんでいた。マレマレでたいてい何も考えていないので、寒いからいっぱい寝ちゃうんだーと適当なことを言っていた。
 礼儀作法や価値観の締め付けが一般家庭と比べ随分と厳しい環境で育った仁にとって、マレの特性と捉えられる仁にない感性、癖、価値観はとても多い。そのほとんどを、自分を含めマレ以外にはあまり見られない特性ではあるが、マレにとってはふつうのこと、常日頃のこと、特に珍しい挙動ではないというように捉えていた。そして冬眠は、年の半分では見られずその頃になると「そうだ、この子にはこんな特性があった」と思い直す、比較的珍しいと言える特性だった。
 さて、仁はこのごろもうひとつの特性の発露を物珍しく観察していた。それは、これまでの慣習を何も言わずにぱたりとやめてしまうといったもので、マレの心の機微を捉えようと努めてやっと気付けるものだった。季節の風物詩とも言える冬眠とは違って、マレの内面で不定期に生じるなにかが原因のもので、目の当たりにしたのはこれまでに2、3回程度の頻度も低いものであるから、あの特性かと思い当たるのに時間がかかってしまった。3ヶ月くらい。実際、本当に何の意図もなく慣習をやめるなんてことは誰にでもあると仁は杞憂の可能性を捨て切れずにいたが、それはそれとしてなにもないよと聞ければ良いので、とにかく何か思うことがあってやめたのかどうかを確かめたほうがいいだろうと思えた。
 そう思い立ってからすでに1週間が経っていた。金曜日。七曜日の中では、その話題に最も相応しい日に思えるが、仁は具体的になんと切り出すのが適切なのか未だにわからずに居た。そもそもマレがそれをやめたことで仁が困っているわけでもないし、というか仁にとってはどちらかといえば得意ではないことだったし、何か意図があるとしても再開を促すのは自分の首を絞める行為ではないかとすら思えて、いやと思考を否定する。単純に飽きたとか、そこまで好きではなくなったとかであればそれまで、もしもたまに見せる仁との関係に対する不安が要因なのであれば、それは取り除いてやりたいとただしく恋人を思いやる心情だった。

「気になっていたことがあるんですが」
 風呂上がり、蛇口が2つある広い洗面台の前に2人並んで髪を乾かしていた。丁寧に髪を労わる仁よりもだいぶ適当なマレは、仁よりも早くに乾かし終えたり、反対に仁がドライヤーを下ろしてもまだ湿っていたりとタイミングは合わないことのほうが多いが、なるべく行動を共にしていたいという理由で仁がスイッチを切ったら切ると決めているので、いつもほとんど同時に風の音が止む。コードを抜いて片付けを始めるマレを鏡越しに確認してから、仁はやっとその話題を口にした。硬い声色に気付かないマレは、片付けに向けた意識を幾分か仁に割いて「んー?」と気の抜けた相槌を返すが、仁は未だ下ろしたドライヤーを握り、その手を見つめながら続きを言い淀んでいた。
「何か思い悩んでいることがありますか」
 慎重に核心から遠いところへ会話を繋いだ仁は、とりあえず始めの難所は過ぎたと言うようにふうと息を吐き、遅れてドライヤーを片付ける。「無いなら別にいい」次いで、先の仁の言葉にマレがどんな表情や仕草で反応したのか、何も目視しないまま返事を待たずに付け足した。常より幾分か見開いた目と不自然に止まった動きはまさに「ぎくり」と表現するのが最も適していて、一瞥でもあれば違った会話になっていただろう。マレはぱしぱしと瞬きをして「悩みというかなんというか……」もごもご言った。
「いちおう確認なんですけども、さいきんえっちしてない件だよね……?」
 直接的な言葉に対する気まずさから、仁は無言の肯定を返す。棚の戸を閉めて廊下に出れば、マレもあとに続いた。
「別に、したいわけではないが、なんの脈絡も無かったから理由が気になる」
 寝室に向かう道すがら、思い出したように答えると、背後からうーうーと小さく唸るのが聞こえた。マレは単純な脳みその語彙力の無い生きものであるから、言葉を生み出すのに時間がかかることは承知していた。
「理由というかその、言うように仁さん別にしたいわけじゃないだろうなと思って、ぼくもどーしてもしなきゃいや!ってわけでもないし、いいかなーって」
 思いましたです。尻すぼみな声量は、言葉の拙さと相まってとても幼い印象になった。懸念していたような思案は無いようで、仁は多少拍子抜けするが、嘘とは思えないのに気まずく言いにくそうな様子がどうにも引っかかる。寝室に着いてもメインライトは灯さずヘッドボードの間接照明を点けると、先にベッドに腰掛けたマレは少し驚いた様子で仁を見た。眠る時間には早いので、読書か携帯ゲームなんかをするつもりだったのだろうし、そもそもこの間接照明を使う限られた機会がまさに主題とする性行為時くらいだった。仁には手に取るようにマレの困惑がわかったが、意に介さず隣に座って、まだ終わりじゃないと言うように横になるのを阻む。
「それで?」
 マレには思い当たる節があったので、その端的な言葉に再び緊張しながら、懸命に文を編んだ。
「ぼくの今とか、昔の、こう……えっちしたい気分みたいなのって、独占欲とか触れ合いたい気持ちの、なんか……錯覚なんじゃないかとおもって……あの、あのね、性欲がなんなんだかよくわからなくなってきちゃったの」
「私には性行為をしたい気分なんてものは無いから、おそらくその感覚は理解できます」
 ほっとしたように息を吐くマレを見て、誰かを安心させるように努めて振る舞う自分がなんだか他人のようで、仁は少し可笑しくなった。
「……寂しくはないか」
 つまるところ、それだった。仁にとってマレとの性行為は、心が満たされるというよりは難しいミッションを完遂する達成感のほうが近く、身体を求められずともマレの底知れない愛情に疑う余地は無いので、本当にマレがいいならいらないものだった。しかしマレにとってはその限りではないことを知っている。仁に触れることで安堵するのを知っている。仁の一部として、仁の臓物や血液にでもなって、仁のためだけに生き仁とひとつになりたいような異常に深い愛を、持て余しているのを知っている。そのせいで感じる、別々の人間という距離への寂しさと虚しさが、仁に触れることで紛らわせることができるのを、仁は全部知っていた。
「いいの」
 否定でも肯定でもない、ある種の諦念が即答で返って来たので、仁は少し苛立った。なんだそれは。
「ぼくが寂しいかどうかで仁さんに酷いこと、するかどうか決まるの、おかしいよ」
 仁は、こういう話には不慣れ極まっていたので、かっと顔に集まった怒りが散るくらいには、それもそうかと納得しそうになった。しかしそもそも性行為とは「酷いこと」なのか、お前だって私のために自分が特別望まないことをするのを幸せだと言うくせにと、意思を勝手に定められている不愉快。それらが散りばめられた靄が怒りに替わってじわじわと身体に満ちていく。それでも言葉に出来るほどの具体性は得られず、仁はその返答を、ただただ不快だと思った。
「ほんとはしたいのに、仁さんのため〜とか言って遠慮されるのは不愉快、ってかんじ?」
 不快感、不満気、腑に落ちないような顔をしていたのかと仁は意識して無表情に戻すが、マレは仁に関してだけは妙に目聡いところがあるので無駄な抵抗に終わる。
「……酷いこと、ではないだろうと思っただけだ」
 大抵は何でもはっきりと言う仁がどこか含みのある言い方をするので、マレは続きを待つように仁を見たが、ふいと目を逸らされてしまう。仁の横顔を見つめながら少し考えて、口を開いた。
「あのね、前に仁さん、僕の求めることしてあげたいって思ってること教えてくれたでしょ?」
「はい」
「だからね、僕が自分で求めてるかわからないことは、おねだりするのやめようかなって……ほんとにそれだけなの」
 我慢も遠慮も無くて、ただそうするべきかなと思ったの。言い終えたマレが膝を抱えて小さくなった。
「…………以前から思っていたんですが、お前の脳内は普段の印象以上に秩序的ですね」
「そう……?」
 仁は少し驚いていた。出会ってしばらくは混沌とした人間だと思っていたが、知っていくうちにどうやらマレなりの秩序をいくらか持ち合わせているらしいと認識を改めてはいた。それはこれまでの印象以上に広いものだったようだ。もしかしたら、訊ねればほとんど全てにこういった理屈があるのかもしれない。そういえば、仁がマレになぜと問う時、そこには決まって答えがあった。
「私の家族になりたいと言っていましたね。……今は、家族でしょうか。そうなれていますか」
 他人のままでは何も出来ずに失いそうだから、恋人になりたいと言っていた。家族が羨ましいと。仁はそれがマレの懸命な愛情であることを知っていたし、それしか無いような子だから、仁でしか幸せを得られない変わった特性に応えてあげたいと思っていた。しかしこれまで、何をしても嬉しいと笑うので、何を求めているのかを深く知る必要がなかった。
 マレは今、寂しさを肯定も否定もしなかった。その理由を知る必要があると仁は思う。
「他人が他人に向ける愛情表現って、時々大きすぎると……なんか、いけないものになっちゃうでしょう?ぼく、仁さんをぼくの思うままに全部愛したくて……ぼくが知ってる愛情って、その……血が繋がった家族がいちばん……つよいと思うの」
 反応を伺うようにマレが仁の顔を見る。勿論仁には言い分があったが、とりあえず続けなさいと視線を返した。
「仁さんいま、ぼくが好きなだけ大好きって言ったり、触ったり、心配したりすることを許してくれるでしょ?だからぼくの、ぼくのなりたい家族は、うん。そうなれてると思う……」
 ありがと、と零すように付け足してマレは口を閉じた。
「……いちばんつよい愛情とするなら、それは私にとっては家族ではなく、マレそのものですよ」
「んへへ!充分かも」
「入籍も性行為も要らないですか」
 ぴよぴよとハートが飛んでいそうな浮かれた表情が、少しの驚きを孕んだ、きょとんとした顔に変わる。
「うーんと……入籍、はね……なんていうか、憧れはあるけど、仁さんが要らないなら要らないかも……詳しいこと、よくわかんなくて」
「そうか」
 苗字がおそろいになるのしたいけど、家のこととかはよくわかんないし、とモニョモニョしているので、仁はとりあえずこれは俺の好きにしてしまおうと思考の隅に片付けた。
「せいこうい、はね……それも、仁さんが要るなら……」
「俺は」
 初めてを思い出す。
「俺は、お前に必要だと思う」
 マレはそれをかつて、ずっと我慢していたことだと言っていた。
「少なくとも昔はそうだった、だろう? キスもなにも私は求めた覚えはありませんよ」
「あう……わ、わかげのいたり」
「間違いだったと言うのか」
「大好きの伝えかたをそんなのしか知らなかったの」
「伝わっているだろうが」
 伝わっているんだから、それが正しいのではないのか。
 仁には段々とわかってきていた。パズルの最後、残り少ないピースを躊躇なくはめていくように、これまでのマレの言動が明瞭に繋がっていく感覚があった。
「する理由がなくなったからやめようというお前の主張は理解しました。私の言い分は理解できますか」
「わ、わかんない、仁さんはしたいってこと?」
「馬鹿。やめる理由がないならすればいいだろと言っているんだ」
 迷いのない口調で言い放つ。仁のこういう姿がまたかっこよくて大好きだとマレは思った。
「お前が不快感ではなく快楽を感じ、娯楽性を見出し、それが好きなら、俺にとっては充分にやるべき理由足り得る。わかりますか」
「えっ、? えっと、えっと」
「わからないだろうな。お前の秩序にお前自身の感情は干渉しないから」
「わかる、わかってる、」
「わからないだろ。自分がそうしたいからは、理由にならないから」
「わか、わかる、わかってるからあの、準備なんにもしてないから……!」
 捲し立てながら、仁は膝を抱えて小さく丸くなったマレを転がして、足首を掴んで腹部を無防備にし、馬乗りになる。しどろもどろにいっぱいいっぱいになって、いつも困っている眉がますます下がって、透き通った青空の目が溶けるように濡れていくのを、たのしいと思った。
「いれてあげませんよ。お前、物みたいに扱われるのを悦んでいるだろ。私が気付かないとでも?」
 ぼろ、と大粒の涙が零れ落ちて、それを隠そうとマレは顔を両手で覆ったまま何も言えなくなった。
「口にするのは堪えていたんだろうが、俺の性欲処理の役に立ちたいとずっと思っているんだろ。マレ
 薄い耳朶を唇でやわく食む。
「やっ……や、や……」
「触れられるのは嫌か?」
 顔にぺたりとはりついた指に触れるだけのキスを落としながら訊ねると、マレはゆるく首を振った。
「ごめ、ごめん、なさい」
「何を謝るんです」
「だって仁さん、お、おこって」
「まさか」
 ちゅ、ちゅと何度も手の甲に唇を寄せ、努めて優しい声色で返せば、花がほころぶように指の力が抜けて、涙に濡れたマレの顔がのぞいた。不安げな目に微笑みを見せて、鼻先同士を擦りつける。
「ん、ふ……」
 口を塞ぎ舌を重ねると、濡れた音に混じって鼻からぬける声が漏れた。緩慢なキスをもっとと強請るように、マレの指先が仁の襟足を撫でた。しかしそれには応えず顔を離して、追いかけるように舌先を伸ばすマレのはしたない顔に、にっこりと笑いかける。つられてへにゃりとマレの口角があがった。マレがこの顔を大好きなことはよく知っている。その安心しきった表情を見て、仁はさらに笑みを深めた。
「今日は、マレだけが気持ちの良い、挿入の伴わないセックスをしましょうね」
 キスの余韻でぼうと仁を見上げていた目がゆっくりと見開かれる。
「や、やだ、やだぁ」
「します」
「もうわかった、わかったもん……」
 ぐすぐすと半泣きになって、顔の横に置かれた仁の手に頬をすりすりしながら、甘えた声でイヤイヤと駄々をこねる。
「何がわかったんですか」
「ぼくが、『必要』って思わなくても、えっちしていいってこと……でもっ、そんな、仁さんに一方的に、よくしてもらうのは…………こわい」
 幸せすぎてこわい。
 本当は聞こえてほしくないような小さくか細い声だった。仁はその言葉を口の中で反芻する。マレに与えられるものをこわいと思うことが一度もなかった仁にとって、あまりにも遠く覚えのない感覚を、飲み下すためだった。
「いちばんつよい愛情……」
 それは感情の読めない淡々とした声色で、何を責めるでもなくただその事実を確かめ、自覚するために口にしたように思えた。微かな絶望が滲んだ眼差しはどこか遠くを見ていて、視線が交わらない。マレに向けたようで、自分に言い聞かせるための言葉だった。
「好きなだけ好きなように愛することを、マレは、私には、許さないんですね」
 それでもマレには、すべてを明け渡すのに充分だった。

 それが仁の指というだけで、どこにどのように触れられても、マレはいつも丁寧に快楽を拾う。仁の欲に応えてると、役に立てていると思うとそれが何よりの歓びで幸福だった。
 それが仁の身体なら、どこに触れるにも細心の注意を払う。傷をつけないことは勿論、愛おしい人に触れられる喜びと幸福だけが伝わるように。それ以外の欲が背筋をはしるたび、罪悪感を胸に刻んで、このままではいけないと思い続けていた。
 上体を起こした仁の下で、マレは何も言わずにもぞもぞと服を脱いだ。仁はそれをぼんやりと眺めながら、餌が自分で食べられるための準備をしているようだと思う。俺のために生まれたようなものなのに、愛してはいけない生きもの。力の抜けた仁の左手をマレが取って、心臓の上にひたりと乗せた。手のひらから伝わるマレの鼓動に、いくらか現実が戻ってくる。
 頬をたっぷり濡らしてなお、ぼろぼろと涙をこぼしながら、首まで赤く染めて、マレは精一杯に、いちばん恥ずかしいおねだりをした。
「仁さんおねがい……ぼくのこといっぱい、愛して」
 胸の上に置かされた指がピクッと跳ねる。マレはすんと鼻を鳴らしながら、顔を逸らしてしまいたいだろうに、懸命に仁を見上げていた。顔の横でぎゅっと握られた拳から緊張が鮮明に見える。
「……良いのか」
「ぼく、愛されたいのは、仁さんだけ、仁さんしか、いらない」
 心臓を撫でられて、期待のこもった熱っぽい息をつい、ふうと吐いた。仁はどこから触ろうかと迷うように肋骨を指先でなぞって、乳首のそばで動きを止める。着衣を一切乱さない仁の臀部の下で、マレの肉欲が兆したのを感じ取った。
「触っても?」
「ん、いいよ、好きなだけ」
「ここ、弱いのに?」
「ふっ、ぅん、仁さんだから、あッ」
 つん、と爪が触れただけで身体を強張らせて、目を瞑ってしまった。
「ん、ぅ……ふぁ、あう……うぅ」
 仁は、マレのかたく握った拳をほぐすように右手で優しくさすりながら、左手は乳首をつまんだり、撫でたり、押し込んだりと好き勝手に遊ばせる。先っぽをすりすり撫でたかとおもうと、2本の指で跨いで側面を擦ったり、マレは必死に目を閉じても自分のそこがぴんと勃っているのを教え込まされた。
「あ、あぅ、んっ、ん〜ッ」
 痛いくらいにきゅっとつねられて、そのまま先端をかりかり引っ掻かれる。いつもは感じすぎてしまうからとやんわり止めれば引き下がるので、こんなに色んな触り方をされたことはなかった。奥を穿たれながら時折きゅむと強くつままれることはあっても、涎をこぼしながら泣き喘ぎ、すぐに達してしまうのでそう何度も責められたりはしなかった。
「はん、ぁう、ふッ……ふ、あ」
 どう触ってもふにゃふにゃになって喘ぐのがおもしろくて、仁は指先だけに飽き足らず、舐めたり、吸ったりもした。ちゅうと口に含んだまま舌でくにくにと捏ねれば腰がはねて、仁のおしりに擦り付けるように、触り心地の良いローブで亀頭を慰めた。出したい、と思って手を伸ばしたが、仁にやんわりと絡め取られて顔の横に戻される。
「俺がやる」
「い、いじわるは、や……」
「してないだろ」
 すんすん、と鼻を鳴らした。充分に意地悪だと思う。
「ふ、情けない」
 開いた脚の間に仁はちょこんと座って、健気に勃ち震えるそれに手を伸ばす。つんと弾かれて、汁がこぼれる。ふうふう荒くなる息遣いに呼応するように、糸を引いて、とろとろと止まれない。
「くぅ、ん……ぁ……あッ、ふぁ、ふっ」
 手のひらで円を描くように先端を撫でられて、腹が波打ち、マレは我慢ができなくなって腰をくんっくんっと振った。丸まったつま先がシーツを蹴る。扱いてくれないと達せないことは明らかなのに、仁は片手で腰を押さえつけてしまう。
「いじわるっ……んあ、あ、く、あぁ、さきっぽ、さきっぽばっかりっ……」
「出したいですか」
「ぅんッ……!ん、うん、〜ッ!」
「ふふ、駄目です」
 必死に頷いたのに、とんとん、と指先で鈴口を叩いたきり、仁は陰茎からすっかり興味を失って、先走りに濡れた手のまま足の指の間をくすぐり始めてしまった。
「ふぁ……あ、あう」
 仁は実に楽しそうだった。爪と指のあいだをなぞったり、かかとをくすぐって、つま先を優しく舐めしゃぶる。ふくらはぎを食むように愛でたり、内ももをちろちろと舐めて、指先でつうと撫でる。腹の上を指で歩いて、臍を舐めて、時折亀頭をくちゅりとさすって、手を繋いだ。血管を唇でなぞって、指の間を丹念に舐める。肘をくすぐって、ふにふにの二の腕を甘く噛んで、くたくたの身体を自由に動かして万歳させると、そのまま腋を平たい舌でべろりと舐め上げた。
「や、もう……や、ふぁん、おわ、おわりっ……」
「好きなだけ、と言っただろう」
 挙げさせられた二の腕に顔を擦り付けて、羞恥に泣く。こんなのを仁にしたことはないのに。
「こら、キスができない」
 顔を寄せられて仕方なく仁を見上げると、全身を愛撫した唇が同じように頬に、鼻先に、目尻に、額に触れて、小さな顎を甘噛みしてからやっと舌を触れ合わせた。
「ん、んぅ、ふぅ……ん」
「ん……ん、っは……気持ち良いか?」
 優しいキスにすっかり安心して、マレは口の端から垂れる涎にも気付かないまま、素直にこくりと頷く。
「随分蕩けた顔になりましたね」
 手のひらで軽くさする程度とはいえ、どうやらマレが無意識に自分の乳首を慰めているのを見て、仁は口角を上げた。
「では、うつ伏せに」
「ふぁ……」
 反応が追いつく前に肩を持ち上げて転がそうとすれば、マレは従順に寝返りをうった。頬をシーツにぺったりとつけて、仁が何もしないでいるともじもじ身動ぎを始める。胸や腰をシーツにゆるく擦り付けて、未だ射精を許されていない身体の疼きを、どうにかしたがっているのは明白だった。
「はしたない」
「ひぅ、ッ!」
 尻を持ち上げるようにぺち、と軽く叩けば、マレはぎくりと腰を少し上げて動きを止めた。
「もう少しですから」
 覆いかぶさって肩甲骨に唇を寄せた。腰骨のあたりから前に手を這わして、亀頭をやわく握る。その先端とくびれを同時にくりくりと擦ると、久々にも感じる性器への露骨な刺激に、マレは大袈裟なほど反応を示した。
「あ、あぁッ!ん、んぅッ、ふっ、ぅあ〜ッ」
 ぎゅうと丸まったつま先がシーツを巻き込んだ。こんなに震えても仁は涼しい声で、出したいですねぇとどこか楽しそうにしている。中途半端についた膝が崩れて腰が落ちたので擦るのをやめ、今度は尻のほうから手を伸ばした。会陰を親指でくっくっと押しながら睾丸を撫でると、身をよじって悶える。
「ふぁっ、あ……あう、う〜……ひっ、ひん、うぁ」
 仁は背中に散ったほくろを辿るように唇で愛撫して、肩甲骨を食み、背筋を舌でなぞった。腰をいたわるようにちゅ、と音を鳴らして、上体を起こす。
「さて、どんな風にいきたいですか」
 おしりの弾力を確かめるように軽く揉みながら、膝を立たせて腰を上げさせる。両手で割り開いて孔に触れれば、期待するようにひくひくと動いた。
「……らめ、じゅんび……」
「触るだけならいいでしょう?」
 爪の先がつぷとはいるのを感じてマレは必死にイヤイヤと首を振る。仁はもとよりそこまでのつもりだったが、閉じられなくなった口を一生懸命動かして抵抗するマレをからかうのが面白くて、軽く出し入れしてみせた。
「や、らめっ、らめ……」
「じゃあほら、どういきたい」
 ぐず、とまた鼻を鳴らすのが聞こえる。少しの間があって、消え入りそうな声でマレは「おくち」と言った。
「……駄目」
 フェラチオのおねだりは珍しく、酷いことがどうのと言っていたところから考えると、仁の口に出したいと同義なそれを望むのは進歩と言える。仁は少し迷ったが、やはり今回の目的にはそぐわないと却下した。
「挿入の快感は今日はおあずけですよ、擬似的なものでも」
「う、あぅぅ……」
 濡れた声を憐れんで、仁は腰を両手で掴むと、服の上からでもわかる自分のとっくに大きくなったそれを尻に擦り付けてやった。とん、とんと抜き挿しの真似事をする。
「あっ、あっ、んう、ふぁっ、あぁ」
「これが、欲しいなら、よくよく反省、することです」
 ぐっと腰を押し付けたまま、また亀頭を握り込んだ。今度は両手で、くびれを擦りながら側面を絞るように揉んで、裏筋をなぞり、先端を指先でほじるように掻いた。
「ひッ゙!あ、あぁ、あ゙〜ッ!んい、……ぃっ!あぁ゙……」
 奥に強請るように腰を持ち上げながら、ぴゅる、ぴゅくと頼りない射精をする。指先の感覚で把握しているはずなのに、仁は手を止めるどころか精液を塗り込むようにさらにくちくちと先端を刺激した。
「んっあぁ、ひい、あうぅ!でた、もっ……もうれたぁ……!」
「知ってる」
「や、やぁ……やら、あ〜ッ……おわい、もう、も……うぅあ」
 止めたくて伸ばした手は震えながら添えるだけになって、まるでもっとと強請っているようになってしまう。
「ふ、ふふっ、はは」
「ちあうの、あう、あっあっ!ひぁうのれひゃ、」
「何です?赤ん坊みたいですよ」
「ちぁ、うぁン、う〜ッ!ふっ、ふッ……ち、がうの、れちゃう、もれ、あぅう」
 珍しく大いに楽しそうな仁の様子にときめく余裕もなく、とにかく手を止めてほしくてマレは懸命に呼吸をして声を出した。
「ああ……そんなことか。ここで出せばいい」
「やらやら、あぁッ!う、やらぁ、やらっ!」
「ここから出るものにそう差はないだろ……ああ、もうずっとぐちゃぐちゃなのがわからないのか、ふは」
 わざとにちにち、ぬちゃくちゃと音を立てて聴かせると、マレは恥じ入るように額をシーツに擦り付けて、あ〜ッと泣いた。 
「あっ…………あぁ…………うぅン……ひぅ」
 ぱた、ぱたた、ぴゅる……ぷしっ、しょろろ、逆さまの視界で自分の粗相の一部始終と、それを搾り出すようにやらしく動く仁の指を見て、なにも考えられなくなる。
「ひん…ぁう、う……」
 最後に先端から根本までをひと撫でして、仁はようやく手を離した。
 くったりとして、身体のどこも自分の意思で動かせなくなったマレを転がし、汗で顔にはりついた髪をよけてやる。余韻で時折ぴくっと震えるのが憐れで、可愛いキスをちゅっちゅと2回、マレの唇に落とした。
「眠ってしまいなさい、身体は拭いてあげますから」
「んぅ、んーん……」
「そうか」
 汚れたシーツをベッドから取り上げて運ぶ。こういう時に気にせず済むように、普段からシーツは数枚重ねてあるし、一番上は分厚くなっているので、マレはそのまま転がしておいた。ついでに汚れたローブも脱いでしまう。お湯で濡らしたタオルを持って寝室に戻ると、微睡んだマレが起きていることを主張するように、う〜……と呻いた。
「ありがと……」
 労るように優しく全身を拭いているとマレがぽそぽそと礼を言う。
「別に、これくらい」
「……いろいろ、ぜんぶ」
 いままで、と言って、マレは思い出すようにぼんやりとした目を閉じた。
「してくれたこと、ぜんぶ……」
 それきり、マレからは落ち着いた小さな寝息しか聞こえなくなって、仁は少し迷う。今のをたぶん、起きたマレは覚えていないだろう。
「こちらこそ」
 マレの耳に吹き込むように小さく答えると、くすぐったかったのか、マレが寝ながらふんにゃりと笑った。
 仁はそれにとても満足して、同じ夢を見るために目を閉じた。