文通
蓼丸 稀 様
前略 先日は私の誕生日をお祝いしてくれてどうもありがとう。出会った頃から数えると、もう8年目になりますね。中学生の頃、夏休み直前で忙しくしている私が当日の誘いを断ると、ひどく残念そうにしていたのを思い出します。
個人的な手紙、ましてなんの要件も無いものを執筆するのは初めてなので、君の望むようなものにならなかったらすみません。既に本心とは認め難い言葉だらけになっています。どうにも世間体の良いように取り繕ってしまいます。君とするメールやLINEのやりとりが会話により近く、素直な文章になっていると思いますので、文通の必要性が全くわかりません。これを残り5回も書くことを思うと大変憂鬱です。
初めは、君の手本となるような、伝統的な構成の誰に見せても恥にならない手紙を書こうとしていました。しかし、そうすると内容が全く君宛ではなくなってしまったため、試行錯誤の末このように稚拙な文章をとりとめもなく無計画に記すことになってしまいました。誰にも見せないように。
本当に話題がありません。君に隠していることや改めて伝えたいこともないし、そもそも手紙とは毎日側にいる人に書くようなものではないでしょう。君が何を書くのかも想像できません。…いえ、きっと私のことが好きだという内容でしょうね。飽きもせず、君の頭がそれで一杯なのはよくよく知っています。
やはり手紙を書くにあたっての不満ばかりになってしまいました。率直に君に今伝えたいことはそればかりです。次回以降もこうなってしまわないよう、君が何か知りたいことがあればその旨を返事に書いてください。最後まで付き合ってあげる気は、今のところはありますから…。
最後に、本当にこれは誰にも見せない・存在を仄めかすようなこともしないように。いいですね?
それでは、また。
草々
2019年7月
法月 仁
仁さんへ
やほー、マレだよ!お手紙どうもありがとう。ごみ箱にくしゃくしゃの紙がいっぱい入ってるの見て、わー考えてくれてる〜って思ってたんだけど、本当にいっぱい悩ませちゃったみたいでごめんね。僕は口語で手紙とか書くの得意というか、単純にかしこまったやつが苦手人なのでらくらくちんかと思ったんだけど、仁さんにはこっちのが苦手だったんだね、ごめんー。
とはいえ!僕もたしかに普段から自分の話仁さんにいっぱいしちゃうし、改めて何を知ってほしいとかはたしかに難しいなと思いました。やろーよって言ったのは、仁さんの字を沢山見たいなーって思ったからだったので、内容についてはあんま考えてなかったや…へへ。仁さんの言うように好き好き!っていうやつにしようかな!
もう今更と思うけど…ぼくは仁さんのことがとーても大好きです。最近キューンしてしたのは、ちょとびっくりしたときに目が丸くなってた時です。前からキュンしてるでしょ!と思ったと思うけど、ふとした時にやっぱりキュン!って惚れ直してるのよ〜。かわいかった。いつもキュッてかっこいいから、時々柔らかい表情になったり目が丸くなったりするのすごいかわいいよ。いつもかっこいいとこからして大好きなんだけども!
あとはね、最近暑いからちょと外出るたびに不機嫌が顔に出てたのがかわいかった。僕は仁さんの表情豊かなところ好き。ポーカーフェイス上手なところも好きよ!
他にも色々あるんだけど無限に書いちゃうからこのへんで。きっとね仁さんが知ってるよりもずーっと毎日ほんとにとっても大好きなんだよ〜〜!
それからえーと、仁さんの知りたいことはね、んーとね…仁さんが最近嬉しかったことはなんですか!ぼく実は、仁さんの気持ちのことあんまり察するのが得意でないから、これが嬉しかったとかこれやだったとか、こういうこと思ったとか好きとか嫌いとかなんでも知りたいな。ルヰと薔薇とお風呂とプリズムショーが好きなことは知ってるんだけどね、もっといっぱい知りたいな。
あとね、逆にね、もし仁さんがぼくのことで知りたいことがあったら、それを知りたいな…ぼくもお返事書きやすいし!
誰にも教えないのおっけだよ〜!ぼくも結構恥ずかしいし!秘密ね。
ではでは!お返事待ってるね。
2019年8月 マレより
酷暑が続いているらしい。昔から夏は好まないし、快適な気温に保たれていない場所に長時間滞在するということも無いので実感はあまり無いが、たしかに、夜に露天風呂に出ても涼しさを感じないなとふと思った。夏だ。
毎年、この季節が好きだとあの子が言う。七夕があるし、特に私の誕生日があるからだと言う。とはいえ暑いのは嫌いなようで、インドアに拍車がかかっているのを見ていると本当にそれだけしか好きなところがないとも言える。食に興味が薄いため旬のものもよく知らないし、季節というのを記念日と気温でしか捉えていないのだろう。そう揶揄すると、幼年期から7月が近づくともうすぐ誕生日だと自分のそれよりも楽しみにしていたからやっぱりその印象が強いのだ、と拗ねたように返された。プールに入れるから、とも昔は思っていたけれど、大人になってプールはいつでも入れると知って夏だけのものでなくなった、らしい。旬のもので好きなのあるよ、屋台のチョコバナナ!と得意げな顔をしたので、あれも専用のチョコレートを買えばいつでも作れると教えてやった。意地悪を言ってしまったかとやや焦るが、目を輝かせて買おう作ろう!と強請って来たので、どうやら新しいおもちゃを与えてしまったらしかった。
次の休日の予定が決まったところで、話題が私の誕生日へと翻った。携帯で秘書へチョコレートの注文についてメールを打っていたところだったので、中断してウェブブラウザを開き候補のレストランのホームページを見せる。メニューを眺めて食べたいものを見つけたのか、神妙な面持ちから一転し満面の笑顔で、ここにしよ!と顔を上げた。この子の偏食故に食事に関しては事前調査が必要なのだ。予約を入れるようにメールに追記して、送信。用の済んだ携帯をテーブルに置くと、見計らったように、もういっこしたいことあるんだけどね、と提案された。
誕生日を特別な日だと思えるような経験は昔から無かった。ひとつ歳をとる区切りの日。使用人や取り巻きにいくらおめでとうと言われても、両親が何かを言うだとか、してくれるだとかは一切無かったので、記念日ではあるんだろうがその程度の恒例行事だと捉えていた。不必要なことなのだと一度判断してしまえば、そのように振る舞うことに抵抗も疑問も無かった。ルヰが……ルヰがあの日、初めて何も言わずにずっと側に居てくれたあの日初めて、私は、私の誕生日を大切に想ってくれる誰かと過ごすことを望んでいたのだと知り、その機会を自ら断ってきたことを思い出した。特にこの子は、出会ってから今日まで毎年欠かさずにお祝いがしたいと強請っていたのだ。
こういった企画、特別なことを私の誕生日に始めようというのが実にあの子らしい。2020年は私が33歳、マレが22歳とぞろ目の歳になる貴重な年だそうで、何か祝い事をしたいのだという。率直な感想としては馬鹿だと思った。付き合ってやる私も大概なのだろうが……普段しないことをしたいと言い出し、1年間、月に1度の返信で、手紙のやり取りをすることになってしまった。来年の6月末までということだが、私の手紙にはどうしても返信したくなってしまうためマレ終わりが良い、という本人の希望で私から始めることになってしまった。書き終え封をして今更ではあるが、7月末終わりにしてあの子が1通多く書けば良かったのではないだろうか。
手紙というのはどうにも慣れない。文章を書くこと自体に特別な苦手意識は無いが、自分の胸中を素直に記せとなると別だ。ごく最近自覚に至ったが、私はどうも自分の気持ちというものに鈍い、というか、特に何も感じてはいないことが多い…ように思う。不合理な物事だとか、正しくないことに対する不快感以外となると、特に。必要性も感じないので、不得手であることをどうにかしようとも思わないが、あの子の期待を裏切ってしまうのではないかと思うと、多少は胸が痛む、ような気もする。
初めに手紙を執筆したのが7月末で、8月末に返事を受け取り、9月末までにまた手紙を書く。仕事の合間に読み返しては、ぽつぽつと返事の構想をメモし、夜に自宅で清書して、大抵はしっくり来ずにメモに戻る。隔月で業務が増えているような気分だ。本人を前にして執筆することができないため、夕食の後は就寝まで別の部屋で過ごすことが増えた。とはいえ、一緒に眠って一緒に起きて、一緒に仕事をして、食事をして、風呂に入るのだし、普段からお互いに個人でゲームだとか読書だとかをする日もあったので、特に物足りなさだとか、寂しさを感じるというわけではない。少なくとも私は。あの子はあの子で好きなように過ごしているようで、私の前では恥ずかしがって出さない現役時代の私の写真を眺めたり、ショーの映像を眺めたりしているようだ。時々、プリズムスタァを引退してからはあまりいじっていなかったキーボードを出しているのを見かけるので、久々に曲を作っているのかもしれない。
就寝時間が近づくと諦めてペンを起き、別室のマレに眠ろうかと声をかける。手紙を書くことには慣れないが、手紙を書くために悩む日々には慣れてきたように思う。横になって灯りを消すと、あの子が長い手足で私にきゅうと抱きついて、かけた?ゆるゆる微睡みに溶けそうな声で、いかにも眠そうに聞くので、まだだよ、と返事をして目を瞑る。夢は見ない。
蓼丸 稀 様
前略 先日は返事をありがとう。確かに手紙を書くのは苦手ですが、耐え難い苦痛であれば既に断っていますから、謝罪の必要はありませんよ。君からの手紙を見ながら返事を考えるのは、前回よりもいくらか書きやすいです。
君はよく私のここが好きだとか口にして伝えてくれますが、手紙に書いてくれたことは最近言われた記憶がありませんから、口にしないところでも何かしら思っているんだなという気付きを得ました。私が知っているより、という表現は正しいのかもしれませんね。
さて、私が最近嬉しかったことですが、特に目新しいものには思い当たりませんでした。晴れていると露天風呂からの眺めが特に良いですから、曇りや雨よりは嬉しいですね。嫌なことは、これも常日頃のことですが、計画や予定が練った通りに進まないことが嫌です。多くの人が関わるものが多いですから、いくつもプランを用意はしますが、やはり他人が思い通りに動いてくれないというのは気持ちのいいものではないです。嫌いな人なんかは、それを思い起こしながら文章にすることがもう不快ですから、今度直にでもお話しますね。
それから、好きなものですが、君のそれにはひとつ足りません。君はいつも自分を過小評価していますが、私は君と過ごす時間も好んでいますよ。こうして連日悩みながら手紙を書くのも君のためで、決して嫌ではありませんよ。
先々月の私の手紙に、どうにも世間体の良いように取り繕ってしまうと書きましたが、今回もそうなってしまいました。あまり真に受けないように。いえ、嘘というわけでは無いのですが、この文面を全てが率直な私の気持ちだと解釈されるのは些か抵抗があります。
最後に。君に尋ねたいことですが、何か不安に思っていることはありませんか。君は大抵、私に素直に何でも話しているようですが、不満や不安はあまり聞かないし、以前溜め込んでいたことがありましたね。そうならないように、何かあれば教えてください。特になければ、私に求めたのと同じように最近感じたことを書いてください。
それでは、また。
草々
2019年9月
法月 仁
仁さんへ
やっほい、マレだよ。お返事ありがとう!僕はこの文通がとっても楽しいから、そのうち仁さんも楽しくなってくれるといいなと思います。字がたくさん見れるのも嬉しいし、話し言葉とかメールでもなく、雑誌とかへの寄稿でもない仁さんの文章は新鮮で、読むのがとっても楽しいよ!
嬉しいこととか教えてくれてありがとう!ぼくも晴れてるとお風呂が気持ちよくてうれしいなあ。夜だと星も見えてさらにうれしいね。
それからえーと、ぼくといるの好きと言ってくれてありがとう…。そうよね、いっぱい付き合ってくれるの嫌々だろうなんて思ってないよ。仁さんがぼくのこと受け入れて、側にいること許してくれてるだけでもすごく幸せなのに、ぼくといるの好きなの、どうしたらいいかわからないくらい幸せと思います。ありがとう…。
僕の不安なこと、仁さんがぼくといて楽しいかなとかだから、先にお返事もらってしまったよ。時々、ぼくが仁さんを大好きみたいに仁さんが僕のこと好きだったらいいのになとか思うけど、なんか、それって夢みたいなものなので、不満とかでは全然ないの!いつもとっても満足で幸せです。
せっかくなので最近のことも書くね。仁さんがお手紙を書いてくれてるあいだ、僕は仁さんの現役時代のショーを見返したりしてました。それでやっぱり、今までいろんな人のショーを見てきたけど、仁さんが1番好きだなあって思ったりしました。なんでだろうね、自分でもわからないんだけどいっとう胸がドキドキするよ!
そいでね、どんな髪型もとっても似合ってて好きなんけど、もう長く伸ばすことはないの?時々ね、あのふわふわのしっぽみたいな髪をモフモフしたくなるんだ〜〜。
こんな感じ!ではでは、お返事待ってるね。
2019年10月 マレより
蓼丸 稀 様
前略 先日はお返事をありがとう。自分でもこの手紙の正しい書き方が未だに解らずにいるから、きっと曖昧な印象になってると思います。私は、君の口語そのままのような文章を読んでいると耳元で声が聞こえてくるようで、それが時々面白いなと感じていますよ。
君がどれほど私を大好きなのか、私には測ることができませんから、同じくらいというのは果てしないことのように思います。私なりに君をかわいがっているつもりですから、どうか受け取ってくださいね。終わりの決まったこの文通と違って、実感の湧かないほどの時間を君と過ごそうと思っていますから。
さて、今後髪を伸ばすことはおそらく無いだろうと思います。もう可愛らしく振る舞う歳でも無いですからね。20代の半ば頃に、老いる自分を思って歳相応の美意識に沿って容姿の手入れをしようと決めたのですよ。まあ…当初の予定よりも、私自身、思いのほか容姿が老いないことに多少驚いているのですが。昔から幼い顔立ちをしていると揶揄されていたことを思い出します。私の両親の顔を覚えていますか?母は幾つになっても老いを感じさせない容姿のままの大変美しい女性ですが、私は父のように順当に老いるものだと想定していたんですよ。
私が手紙を書いている間といえば、久々にキーボードを出していたようですが、作曲していたのですか?漏れ聞こえることも無ければ歌っている様子もありませんでしたので、何故出していたのかと少々気になっていました。差し支えなければ教えてくださいね。
最後に、11月に入って急に寒くなってきましたね。室内ではあまり気にする必要はありませんが、バルコニーや屋上に出る時も同じ部屋着のままなのですから、そろそろ半袖は控えないと、君はどうにも虚弱ですからすぐ風邪をひいてしまいますよ。身体に気を付けるように。
それでは、また。
草々
2019年11月
法月 仁
紅葉のニュースを見て、あの子が行きたいと言った。それに言葉を返すより先に、でも虫がいるからやだなと付け足された。私はそうか、と返事をして紅茶に口をつけた。手紙のネタを探しながら過ごしていると、私たちの会話は殆どがあの子の発言で、私は相槌程度なんだなと気付く。会話にはしないのに手紙に記す言葉が、便箋を埋めなくてはという義務感からなるものなのか、普段口にしないだけである本心というものなのか判断がつかないな、と思う。
半袖の部屋着のまま露天風呂にやってきた帰り、あの子が何度かくしゃみをした。風邪をひくぞと言った時、あの子は心配してくれてありがとうと言った。その時は実感がなかったが、手紙に風邪をひいてしまいますよと書くと、心配です、と付け加えそうになる。そうして初めて、私はあの子の体調を心配していたんだなと気付いた。自然かつ世間体の良い文章で、優しい印象を持たせるように言葉を紡ぐのは、これまでも大衆に向けてやってきたので特に苦手では無い。しかし、あの子に向けて媚を売る必要はない、と余計な言葉を削る作業をしていると、結果、嘘では無い気持ちが必要以上に柔らかい言葉で表現されてしまい、どうにもそのままにするのはむず痒くなる。かといってどういう形が正解なのかも解らないのだ。敬語を止めてみようかとも思ったが、そうすると手紙の草案すら完成させることができなかった。
手紙を書くという作業が、自己分析の機会になっていると感じる。それは居心地の良いものではないが、あの子が楽しみにしている手紙を書くためになら多少は許容できるものだ。そういえば、あの子が手紙を書く時、特に一人になりたいとも言わないが、いつ考え、書いているのだろう。
ようやく書き終えたそれを何度か読み返して、2つに折り、封筒に入れる。どうせすぐに開かれるので、糊付けはしない。テーブルの上に置いて、別室のマレに声をかける。もうすぐ終わると集中したせいで、いつもより遅くなってしまった。目をこすりながら緩慢に歩くマレの手を引いてベッドに連れて行く。
「かけた?」
眠たそうに、私を抱き込んであくびをしてから、布団に落ちて溶けるようなぼんやりとした声で、お約束みたいに聞かれる。
「書けた。明日渡します」
返事の代わりに、私の頭に頬擦りする感触があった。たのしみ、といったところだろう。
翌朝。休日だったので、普段よりゆっくり取った朝食の折、手紙を渡した。スクランブルエッグを慌ただしく口に入れて麦茶で流し込み、ごちそうさまと言いながら封筒を開けたので、呆れてふっと笑みが溢れてしまう。文字を追うのに夢中な様子で、気付かれることはなかった。
読み終えたあと、ありがとうと微笑みながら、どう会話しようか考えているようだった。手紙の返事を口頭でしない、というのは当たり前の暗黙の了解だったので、おそらくすぐにでも返したい返事を喉の奥に押しやって、話題を変える。
「そういえば、仁さん最近、ぼくの名前あんまり呼ばないよね」
「そうか?」
「そうだよ」
そうだろうか。
「……昨晩呼びかけただろう。マレ、寝るぞって」
「んあー、そうなんだけどお」
そうなんじゃないか。
「なんかね最近、敬語が増えたの。そんで手紙の中だと、君って呼ばれるから、なんかー」
「マレ、と書いた方がいいのか?」
「んー、そうかも?なんかね、なんか…」
首を左右に傾げて目を逸らしながら、拗ねたように口を尖らせて、言いにくいです、という顔をしていた。珍しい態度だなと思いつつ、半分ほどしか進んでいない朝食を口に運んだ。会話に気を取られて、ゆっくりしすぎている。
「何を言い淀んでいるんですか」
んーと唸るばかりでなかなか言い出そうしない。話題にしたのはこの子なのだから伝えるつもりがあるんだろうに、何が言いにくいのかと少し考えたが解るはずもなかったので、素直に先を促す。マレはちらりと私を見て目を合わせ、それからやっぱり気まずそうに目を逸らして、床に視線を落としながら、
「……さみしい」
と言った。
寂しい。そんなことをこの子に言われたのは、たったの2度だ。シュワルツローズで再会したあの日、離れていた期間を寂しかった、と言った1回と、今。私のことが大好きなこの子だから、前者は理解ができる。今、それは、一体何を指して寂しいなどと言ったのか、すぐには理解できなかった。
「前に、仁さんお手紙でぼくのなんか、不安とか教えてねって書いてくれたでしょ?」
「……はい」
「あのときすぐには言えなくて、というかまだそんなにさみしくなかったし、ていうか気のせいかな?って感じで、いっかーって思ってたんだけど」
「マレ、簡潔に」
「わ、ごめん。えっと…えっとね」
取り留めもなく溢れる言葉を整理する少しの間が出来る。この子は気を抜くとこうして拙い話し方になってしまうので、時々正してやるのだ。私はただ、言葉を待つ。
「……具体的にこう、っていうのはわからないんだけど、なんだか会話の距離感が遠くなったように感じてて、さみしい、です」
「……別に、君を遠ざけているつもりはありませんが」
あ。
「あ!」
わかった。
「それ!」
「ああ……私もいまのは、自覚した」
「でも、べつにわざととかじゃないならいーやぁ。仁さんも何を変えりゃいいんだよって感じだもんね」
「いや、わかった」
「なにが?」
予感があった。どこかこれが正解では無いという感覚、敬語をやめる、では解決できなかった居心地の悪さの解消方法が、これなのではないかという予感。経験がないので苦手だろうと、初めから選択肢になかったそれが、答えなのではないかという予感が。
「マレに話すように、手紙を書いてみます」
「でも仁さん、そういうの苦手なんじゃないの?むりしないで」
「正しくは、やったことがないんだ」
「苦手じゃないかもってこと……?」
「そう」
「そっかあ」
半信半疑といった様子でぼんやりと首を傾げつつ、じゃあお願いしよっかなあと呟くのを横目に残り3口程度の朝食を消費する。
「秋になったら過ごしやすいしお出かけしよーと思ってたんだけど、なんかすぐめちゃ寒になっちゃって引きこもりに逆戻りって感じだYO」
「……最近プリズムストーンに行ったな?」
「うん!アレクのこと眺めつつパフェ食べに〜」
「ごちそうさま」
「あ!ぼく洗う!」
空になった皿を持って立ち上がろうとすると、わたわたとマレが立ち上がったので、素直に渡して座り直し、水を飲む。ダイニングテーブルからシンクに立つマレの顔はよく見えるので、落として割らないよう真剣な顔つきで皿を洗う様子をぼんやりと眺めた。俯く作業の時は顔を半分覆っている前髪を横に流してピンで留めるか、上に結んで邪魔にならないようにするので、普段隠れている右目…いや、左目が露出していた。目尻にいくほど睫毛が長く外を向いている。晴れた青空の色をした目はいつも澄んでいて美しい。砕けた表情をしていないと射られるような感覚がする目だ。数分後、水を止めて手を拭きながらデザート食べる?と聞かれたので、朝だぞと断る。
「えーでもお休みだし、ぼくはアイス食べちゃうよ?」
「いらない」
「はーい。なんか飲む?」
「……珈琲を」
「はーい!」
コップを手にキッチンに行き、アイスを小皿に取り分けるマレの後ろを通って、残った水をシンクに流した。そのまま洗い物として端に置き、取り分けたバニラアイスにカラースプレーを大量に振りかけるマレの後ろを通って戻り、ダイニングテーブルを素通りしてソファのほうに座る。ポケットから携帯を2つとも取り出して、プライベート用はリビングテーブルに置き、ビジネス用を起動させてメールチェックなどにかかる。2、3件処理し終えた頃、アイスと珈琲とミルク、それからココアをのせたトレイをマレがリビングテーブルに置いて、おまたせと言った。
「仁さんは特に今日は用事ないの?」
「うん」
隣に座ってスプーンを口に入れたまま、ふーんと言う。アイスもココアも甘いものなのに、その組み合わせでいいんだろうか。
「じゃあぼくがゲームするの見てて!」
「いいですよ」
「やたっ」
アイスを食べながらトレイを脇に寄せて、テレビの前に置いてあるゲーム機の電源を入れる。クッションの位置を調整したり快適に長時間ソファに埋もれる準備をしているのを見て、書類を取ってきますと1度リビングを出た。ノートパソコンの上にファイリングされた書類とペンを乗せて戻ると、アイス以外のおやつと麦茶のピッチャー、ココアとは別に麦茶用のコップまで用意されていて、いよいよ数時間は立つ気はないといった様相を呈していた。隣に腰掛けてテーブルの上に荷物を置く。少し迷ったが、背中からソファに体重を預けだらしのない姿勢をとり、膝の上でノートパソコンを開く。マレが肩に頭を乗せてきたので、その上に私も頭を傾けて、寄り添うようにソファの住人になった。11月も終わる頃、冬の香りの強い、よく晴れた日の午前9時。会話とも独り言ともつかないマレの言葉に相槌を打ったり、そっちに何かあると指示を出したりしながら、時々珈琲を飲んでキーボードを叩く。緩慢に過ぎる時間のせいで料理をする気は芽生えなかったので、11時半を回った頃に昼は外か下で食べようと提案した。
「サンドイッチがいいな」
「わかった」
携帯で秘書に予約を入れるようメールを送ろうとして、やはりテイクアウトし部屋に運んでもらうよう指示を出した。この怠惰で居心地の良いソファから立ち上がりたくないと、おそらくマレも思っているだろう。
「部屋に運んでもらうよう手配した」
「いいの!?だらだらデーだね」
「ああ……だが、昼食のあとはお風呂に行きましょう」
「いいよ!ちょっとは立たないとね。天気も気温もいい感じだし」
「そうですね」
「じゃ〜お昼届く前にこのミッション終わらしちゃお!」
「がんばれ」
「がんばる〜う」
作業を終えたノートパソコンとファイルはリビングテーブルの端にやって、マレに体重を預けながら再び携帯でメールチェックをした。急ぎの要件は無いので、ゲーム画面に注意を向けながらゆるゆると文字を打つ。
「ぼくねえ」
「ん」
「仁さんてのんびりとか、だらだらと無縁のひとと思ってたの」
「私もだ」
「ね〜」
「意外なことばかりだ、マレと出会ってから」
「そうかあ〜」
うふふ、と嬉しそうに笑うので、寄りかかった肩が揺れた。そんな会話をしているうちにインターホンが鳴り、立ち上がろうとするマレを制して玄関に向かう。キッチンで紙袋からサンドウィッチを出して皿に乗せた。スープは店のカップのまま、丁度良い温かさだったので蓋を外してサンドウィッチと共にダイニングテーブルに置く。マレは食べないので、自分用のサラダを冷蔵庫を開けて目に付いたもので軽く用意して運び、その間にリビングテーブルを片付けたマレが席に着くのを待って、いただきます、と声を揃えた。一口、咀嚼、美味しいと顔が綻ぶのを見て、私も口を開けた。
仁さんへ
やは~マレだよ。お返事どうもありがと~!仁さんの頭の中のぼくの声ちょと気になる…現実よりあほな感じになってそう…。でも読むのやだな~て感じでなくてよかった!ちなみにだけどちゃんと知らない人のメールとか、学校でやってた作文とかはもっとちゃんとした文章にしよって頑張ってたからできるからね!仁さんが読みにくかったら教えてね、ら抜き言葉は虫唾が走るとか…。
僕は仁さんのことを厳しいけど意地悪でなく優しい人だなと思っているのだけど、なんだか手紙の仁さんは優しいというか、甘いというか…前にあんまり真に受けないでねって書いてたのでそう努めてるけども、でもやっぱりうれしいなって思っちゃう。かわいがられてる自覚のことはちょとまだわからないけど、でも仁さんがぼくのこと考えて思いやってくれたりしてることは知ってるつもりだよ。好きなおかし覚えててくれたり、何したいか聞いてくれたり、楽しい嬉しいって僕が言うと仁さんはよく「よかった」って言ってくれるんだけど、実はねぼくそれがすごい大好きなの。優しいなあって思う。いつもありがとうね。僕も仁さんと想像できないくらい長い時間一緒に居たいって思ってる!
仁さんが髪形を変える理由のこと知らなかった!前にエーデルローズに居た時に、短くなっちゃったのなんでか聞いたら「関係ないでしょう」っておこらりたのよ~。教えてくれてありがとう。仁さんはもしかしたら嫌かもしれないんだけどね、僕は仁さんは今でもかわい~髪型も服も似合うくらい可愛いし、それでいて現役スタァの頃よりもとってもかっこいいと思ってるよ!そいでね、僕は仁さんはきっと愛さんみたいにずーっと綺麗なんだろうなあと思うので、ぜひまた髪を伸ばすのをご検討頂きたく候。なむなむ。嫌だったら全然いいんですけども。というか皇さんみたいに素敵なおじさまになった仁さんもすごく見たいし楽しみなので、仁さんだったらどんな見た目でも大好きだよ!
あと、キーボードはヘッドホンさして作曲してたよ~。歌詞もつけたけど、使う場所もないし僕が歌うつもりなく作っちゃったので、のちに音声ソフトとか使って動画サイトにでも投稿しようかなあ。久々だったのは、ぼくが曲作るのって主にマイナスな感情の発散なんだけど、仁さんと一緒にいたら幸せばっかりなのでなかなか創作意欲が湧かなかったからです…前に話したみたいな感じでちょと寂しかったし、時間もあったしで曲つくれそうだなあって思ったのでした。
この手紙もらった頃にちょうど寒くなってきたなと思ってて、もこもこパジャマに衣替えたんだけど、こないだ結局風邪ひいちゃったからごめんね…。インフルとかじゃなくてよかった。ご迷惑おかけしました…。心配してくれてありがとうね。仁さんも気を付けてね…具合悪くしてるとこなんて全然見たことないけども…。
あとあと、クリスマスみんなと過ごせて楽しかったねえ。仁さんと2人で過ごすのも、仁さんが好きな人とかとみんなで過ごすのもどっちも好き!時々はお風呂の後にうちにご招待してご飯食べたりしてもいいかもしれないね。
ではでは、少し早いけど今年もいっぱいお世話になりまして…来年も何卒よろしくね。よいお年を~。
2019年12月 マレより
蓼丸 稀 様
先日は返事をどうも。確かに現実のマレよりもいくらか騒がしく、気の抜けたようになっているかもしれない。普段の会話を脳内で文字に起こそうとすると、そんなに「!」や「~」を使わない印象があるから、文面の印象とちょっと違いますね。とはいえ、口語とほとんど変わらないので間違った表現や言葉遣いにもあまり引っかからずに読めている。これが全く知らない相手からのものだったらひどいストレスだっただろうな。
マレは昔から私を優しいと評していますが、自分では全くそうは思わないし、そう印象付けようとマレに対して接しているつもりもないので不思議です。甘いのはマレの私に対する態度や評価のほうだろう。
髪形について、以前聞かれた時のことは記憶にないが、特に隠していたわけではない。忙しかったとか、何か理由があったんでしょうね。容姿については今後も定期的に検討するつもりなので、マレの好みも一応覚えておくとします。個人的な感想なので特に言うとおりにする必要は無いが、私の好みとしては、マレは前髪をもう少し短くするか梳くかして両目が見えるほうが似合う。折角綺麗な目をしているのに勿体無い…と思う。
やはり作曲をしていたんですね。好きなようにしていいが、スタジオを使う際は余裕をもって事前申請するように。創作意欲の源のことは知らなかった。移籍後の曲も全て私がエーデルローズ主宰を退任してからマレをシュワルツローズに引き抜くまでの1年ほどのうちに作成したものだったのか?
別に気にすることはありませんよ。私が体調を崩さないのは気を配れば殆どが自分の手で管理できるものだからであって、マレには単純に運動と栄養が不足しているんだろう。それでも一緒に暮らす前の自堕落な生活の時よりは健康的になっているでしょう?以前は毎年毎年季節の変わり目に風邪をひいていたし、腹痛の頻度も酷いものだったと記憶していますよ。
あまり騒がしいのは好まないが、たまには2人以外で過ごすのも良いというのは同意する。ルヰが寮を出てから以前のように会えなくなってしまった事が少し寂しいし、また招待して休日を過ごしましょう。
最後に、もう月末ですが…明けましておめでとうございます。今年は年末年始の蓼丸家への帰省が2日ほどしかありませんでしたから、すずの学校の春休みが始まったらまた帰ってもいいかもしれませんね。私が長期間滞在するのは迷惑をかけるし、マレだけでもゆっくりしてくるといい。
それでは、今年もよろしくお願い致します。
2020年1月
法月仁
仁さんへ
やっほいマレだよ。お返事をどうもありがとう!なるほどね、普段は眠かったりでそーんな元気がなかったりするときもあるし、びっくりマークついてるとたしかに元気でうるさいかんじ。でも、!も~も使わないとなんかちょと冷たい印象になっちゃうかな?って思って、友達へのメールとかでもなるべく入れて感情表現しよ~と思ってるんだよ~。
そっかあ。ほかの人と仁さんて優しいよね~って話したことないし、僕がたしかに仁さんにあまあまなのかもしれない…。あっでもルヰに仁さんて優しいじゃんって前提でお話ししても否定されたことがないからきっとルヰも仁さんのこと優しいって思ってると思うよ!もちろんちょといじわるな時もあるけど…でもいじわるの時の仁さんってすごくかっこいいからすきだよ!
え~~っそんな僕の目褒めてくれたことなんて今まで1回もないじゃん!?綺麗と思っててくれたの、ありがとう…うれしい…髪も切るか梳くかするね……。僕も仁さんの目って海みたいに深くて揺らいできらきらで、世界の何より綺麗な青色だなあって思っててね大好きだよ。
なんか、仁さんにもらうお手紙全部うれしいし大事にしたい。劣化防止のなんか処置などを施して額に入れて飾りたいな。
歌声は打ち込みでもほかの楽器は演奏するかもしれないし、スタジオ使う予定ができたら早めに言います!移籍後の曲、そうだよ~。仁さんと会えなかった期間に完成してたやつとか、おおまかにできてたものをショーに使うにあたって完成させたりしてたよ。それがほとんどだと思う~。寂しい時のこと思い出しながらやったら曲作れるかなって思うけど、あんまり落ち込むことしたくないな~と思って元気な時にはしたくないの。なので落ち込んだときについでに曲作っちゃうんだ!
たしかに前よりは健康と思う!運動と、栄養は野菜とかきのこだったらちょっと難しいな…手洗いうがいがんばるね…。
やった~~!ルヰだけじゃなくてジョージとかシンくんとかカズオとか真田さんとかも呼ぼうね!ちょと想像してみたけど保護者と子供たちみたいになっちゃうかな。
仁さんが迷惑なんてことはぜったいぜったい無いから、仁さんが何日も滞在するのストレスじゃなかったら一緒に行こうね!!
あとルヰのお誕生日楽しみだね!プレゼント喜んでくれるといいねえ。4年に1回しかないってどんな感じなんだろう…。僕は去年とかおととしとかは28日と1日両方でおめでとね~って言ってたけど、仁さんはどんな風にお祝いしてたの?
あとあと、2月3月はお菓子食べるイベントが多くて楽しいね!和洋折衷スイーツ月って感じ。おいしいものいっぱい食べよね。
あったかくなってきたし元気出てきて楽しみもいっぱいでいいかんじ~。ではではまたね。
2020年2月 マレより
(未完)